【解説】江戸時代の人々と酒について

酒にまつわることわざに「酒は天の美禄」という言葉がある。酒は天からの贈り物だという意味なのだが、これをどこで、いつ、どのような場面で、そして誰と飲むかは様々だ。

 まずは居酒屋。定着したのは江戸時代。酒の卸売をする「請酒屋(うけざかや)」が客の求めに応じて次第に店先で飲酒できるサービスを開始したのだが、店に「居」ながらにして飲む行為を「居酒」と称し、その店を居酒屋と呼ぶようになったと言われる。そんな居酒屋の光景を描いた引き札(隅田川志ろ酒)(広告チラシ)を見てみよう。「大極上々吉(だいごくじょうじょうきつ)」(役者評判記などで用いるトップを意味する言葉)の「上酒」は八百文、とある。

 一方、妓楼や料理屋、劇場、そして戸外でも酒は楽しまれていた。遊女や芸者と楽しむ酒(両国夕景一ツ目千金三代目沢村宗十郎と遊女Early Evening in Yoshiwara Inn(吉原の午後))、劇場で楽しむ酒(劇場の様子)。ちょっと変わったところでは、大当たりした芝居で楽屋振る舞いをする図(市村座古今の大当り楽屋にて酒番之図)もある。そして戸外で楽しむ酒として最も一般的だったのが花見酒(『江戸名所四季の詠』御殿山花見之圖など)だ。どんちゃん騒ぎをしている人々が、何と楽しそうなことか(花見の戯)。実は八代将軍徳川吉宗による享保改革の施策の一つが花見名所の整備で、これは人心収攬と治水が目的だった。古くからの名所であった上野や墨田河畔に加え、御殿山(『江戸名所四季の詠』御殿山花見之圖)や飛鳥山、遠くは小金井まで。このうち御殿山は花と海(江戸湾の景)を同時に楽しめる名所だった。女性たちも重箱(堤重(さげじゅう))にお弁当を詰めて、おしゃれをして出かけた。花と酒を楽しんでいる様子が様々な浮世絵に描かれる。

 花見もそうだが、四季折々の年中行事と酒との関わりが見られるのも興味深い。正月(お神酒と絵馬など)、雛祭(雛の節句)、また初夏の蛍狩(『江戸名所道外尽』二十 道潅山虫聞)や夏の花火見物(『東都名所』両国の涼)、秋の虫聞き(秋の夜虫ノ音聞図)など。人々の暮らしの中に酒を飲む文化が根づいていたことを確かに感じさせてくれる。

 さらには婚礼(福助とおたふく『浮世十二支』めでた亥)や死(誠忠大星一代話 三十五)など、人生の画期となるワンシーンもまた酒と共にあった。もっと切ないのは、共に死にゆく二人の最後の酒(稲野屋半兵衛)だろうか。大津柴屋町の遊女小稲と稲野屋半兵衛が唐崎の松のほとりで情死したという逸話を翻案した「小稲半兵衛もの」の登場人物が見つめ合っている様子が描かれる。

 酒が好きでもそうでなくとも、私たちの暮らしや人生の節目節目に酒は登場する。今日の晩酌では、江戸の昔に思いを馳せてみてはいかがだろうか。

菅原真弓(大阪市立大学大学院文学研究科教授)

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