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杜氏の華(1981)

お酒を飲むことが今ほど日常的でなかった時代、酒は神事・祭事に供される特別なものだった。神に収穫物や産物をお供えしてもてなし、儀式の後にそのお下がりをいただく「神人共食」という考え方があり、神と同じものを食することによって結びつきを強め、加護を受けるという意味がある。そのお供え物に酒があり、米から作られる酒は御神酒として最も重要な役割を担っている。
その酒をいれる器が盃である。諸説あるが「つき」とは器を表す言葉で、酒を入れる器(=つき)が「さかづき」である。盃を酌み交わしたり乾杯したりすることは、神様と人(豊作祈願や雨ごいなど)あるいは人と人(結婚や養子縁組など)との間で願いが聞き入れられたり約束が成立したことを表していた。ゆえに、盃は「文字なき契約書」といわれることもあった。お膳にのる器の中でもひときわ小さい器だが、この深い意味を持つことで大きな存在感を放ち、手の込んだ盃が生み出されてきた。
酒造技術の発達によって江戸中期には今とほぼ同じ製法が確立され、お酒は私たちの身近な嗜好品となっていった。盃も同じく多種多様なものが作られている。素材については、木器・漆器・陶器・磁器・硝子器・金属器などが挙げられるが、それぞれに特徴があり、ぜひいろいろな酒器でいろいろなお酒との組み合わせを試していただきたい。
例えば、磁器や硝子器は、無味無臭であるがゆえにお酒の味を変えず、ダイレクトに楽しめる素材だ。どんなお酒にも合うし、飲み比べには必須の素材である。好みは分かれるが、素材からくる木や土の香りを楽しむ飲み方もある。冷酒にはキンキンに冷えた硝子や金属器を合わせるか。酒の色味を見るためには真っ白な磁器がおすすめだが、朱塗に金の華やかさも捨てられぬ。こうして素材の試行錯誤を重ね、次に形状。燗酒は、すぐに冷めてしまわないように深みのある形状がよいか、ぬる燗好きには浅めがよいか。口縁が広ければ、酒は口全体に広がり熟成酒のような複雑な味わいも楽しめる。口元の厚みはどうか、重さはどうか…などとこだわりだしたらキリがないが、自分好みの酒と器を求めて今宵も一献…と盃を傾ければ、まだ見ぬ境地にたどりつけるかもしれない。
今川祐子
市之倉さかづき美術館 支配人